「ひとの目、時の芽」
ポケットを小さく

先日背広を購入するつもりで洋服屋に行きました。色々サイズを計っていましたが、最後に「ポケットにどのようなものをお入れになりますか」と聞かれ、「携帯電話でしょ、財布でしょ、ICカードでしょ、カード入れでしょ」とならべて見せましたら、「これでは特別ポケットの大きな物が必要で、当店にはありません」と断わられてしまいました。そんなに異常かと、試みにカード入れや財布などに入っているカード類を調べましたら次のようになりました。まず、大学職員証や運転免許証など俗にIDと呼ばれるもの4枚、学会などの会員証3枚、医者通いのための診察券5枚、学校などに休日に入るためのセキュリティカード5枚、クレジットカード3枚、銀行カード1枚、ゴルフ場や航空会社などのクラブカードが19枚、テレフォンカードやメトロカードなどのプリペードカード11種15枚、度量衡換算表などの便利カードが3枚、と厚い薄いとりまぜてカード状のものが58枚もありました。皆様はいかがでしょうか。

現代に生きようとすると何となくこの位たまって、いつも身につけていることはないのかもしれませんが、肝心なときにあのカードがないなどと騒いでいるような気がします。最近はこれらに加えてスケジュールやワンタイムパスワードのためのICカードや電子手帳風のもの、電子辞書なども持ち歩くようになり、これに携帯電話を加えると、確かに通常のポケットでは収まりきりません。

いつもポケットを異様に膨らませる人生から何とか決別したいわけですが、そのためにはまずこのカード地獄から逃れなければなりません。ここで期待されるのは多目的非接触型ICカードです。ハードウェアの専門家に聞きますと、今の技術を延長して行くと、2005年には名刺大のカードに、動作速度500MHzのプロセッサを積み、4GBの不揮発性RAMと156Mbps非接触インタフェースを載せた、高機能多目的ICカード(SSC:Supra Smart Cardと称しています)ができるそうです。

これは今の最新鋭PC並みの能力ですから、先の私の持っている58枚のカードと2枚のICカードさらには電子手帳も電子辞書もすべてを収容することが可能でしょう。そうすれば私はたった1枚のSSCを持ち歩くだけで、IDに関わる話も、航空会社のマイレッジも、学校のドアも、そして重要なことに、すべての買い物もこの1枚だけでこなせることになるのです。素晴らしい時代になると思いませんか。

しかしながら前提が必要です。今始まっている電子商取引(EC)のようにビジネス向けだけであったり、あるいは個人商取引でもいろいろ制限があったり、セキュリティ上かなり手続きが面倒であったりしたのでは、折角全能のSSCを与えられても使えません。まったく安心できてかつ優しいインタフェースを持つカードとシステムが欲しい、そのために、使う側に立った電子商取引技術の研究開発を精力的に進めて欲しいと願っていますし、また努力したいと思っています。

 

東京大学教授
国際・産学共同開発センター
先端科学技術研究センター

安田 浩