21世紀を読み解くキーワード登場。
「バイオスとテクノスの結婚」。
『複雑系を超えて』◎ケヴィン・ケリー◎アスキー出版局◎4800円
ライアル・ワトソンの『生命潮流』(工作舎・1981年)から始まった21世紀社会への生命科学的洞察は、『パラダイム・ブック』(日本実業出版社・1986年)、マレイ・ゲルマンの『クォークとジャガー』(草思社・1997年)等を経て、ついに一冊の全体俯瞰図を生んだ。それが本書『複雑系を超えて』である。
本書の要点を一言で言えば、「バイオス(生物界)とテクノス(技術界)の融合と統合」である。「バイオスの論理が機械に移植されると同時に、テクノスの論理が生物に移植されつつある」ということである。「生まれたもの?自然界のあらゆるもの?の領域と作られたもの?人間の手で構築されたもの?の領域がひとつになろうとしている」という視点である。この方向のなかに人工心臓、人工知能、人工生命等の未来があることは間違いなく、かの天才宇宙物理学者スティーヴン・ホーキングの言う「自己設計進化」もこの究極点として理解できよう(彼は自著『宇宙における生命』の中で生物の進化をダーウィン的進化→外部伝達的進化→自己設計進化の3段階に分け、最終、生命は自分で自分を自己設計進化させつつ、宇宙を自由に航行すると言っている)本書のもうひとつの重要なキーワードは「創発的超個体─エマージェント・スーパーオーガニズム」である。たとえば蜂の巣は誰もコントロールしていないが、複雑さのレベルがある段階に達すると「虫」という単純なカテゴリーから「コロニー」に転化する。我々が生きている社会も組織もまた同じである。かつて比喩的にのみ“生きている”と言われていた企業組織も、「生命を宿して本当に生きている」と見なすのが21世紀である。生命はある臨界点を超えると不意に自己組織化し始め、全く違う生命体に変化してしまうのだ。本書は知的刺激に満ちた21世紀へのの啓蒙書であり、キーワード・ナヴィゲーター書として読むといいだろう。
ゴキブリもヒトも、みんな 地球生命系を支え合う仲間だった。
『生命系?生物多様性の新しい考え』岩槻邦男◎岩波書店◎2600円
「あなたはこの世に何年生きてますか?」と聞かれたら、あなたはどう答えますか。普通、30歳ですとか、42歳と5カ月ですとか、誕生日を起点にして答えるに違いない。しかしそれではお母さんの胎内にいた10カ月が抜けている。正しくは誕生日以来プラス10カ月になる、と思ったらまだ間違っていた。お母さんのお母さんをたどり続ければ、我々はついには30億年前のバクテリアのような生命の起源にまで行き着いてしまうのである。
つまり正解は「30億歳」なのである。あなたもゴキブリも、「30億歳」という意味では全く平等なのである。生物は個体だけでは完結できない、だから「生態系」という言葉が生まれているのであるが、それを一歩進めて「生命系」という概念で見ようというのが本書の趣旨だ。共生とかエコロジー、バイオロジーといった言葉の本質的な意味を理解させてくれる。生物多様性への理解はまさに我々ヒトへの理解そのものなのだ。
変化はコントロールできない。
できることはその先頭に立つことだけである。
『明日を支配するもの』P・F・ドラッカー◎ダイヤモンド社◎2200円
マーケティングに少しでも携わった者で、ドラッカーに示唆されなかった人はいないだろう。1909年生まれの90歳、本書はドラッカーの“21世紀への遺言”とでも言うべきものである。いくつかの白眉を要約してみる。
マネジメントは企業のためのものである・・・。 そうではない。マネジメントとはあらゆる組織のための体系であり、機関である。21世紀における成長分野が経済ではないかも知れない以上、特に重要な意味を持つ。組織には唯一の正しい構造がある・・・。
そうではない。今日必要とされているものは唯一の正しい構造の探求ではなく、それぞれの仕事に合った組織構造の探求であり、発展であり、評価である。
人のマネジメントには唯一の正しい方法がある・・・。
そうではない。行なうべきことは人をマネジメントすることではなくて“リードすること”である。その目的は一人ひとりの人間の強みと知識を生産的たらしめることである。
38問の日本語の練習。
なるほど、そうだったのか、と目ウロコ受け合い。
『日本語練習帳』大野 晋◎岩波新書◎660円
日本語のレクチャーなら大野晋の右に出る人はいない、という共感が本書の大ベストセラー化の根底にあろう。「思う」と「考える」はどう違うか、「私は」と「私が」の意味的背景の差、日本語の持つ敬語の複雑なレトリックの面白さ、「のである」「のだ」を消すといい文章になる、長いセンテンスは明晰さを損なう、等々、なるほどと唸る指摘が一杯。いずれもが“練習問題”になっており、電車の中などでちょっとした頭のトレーニングになる。生活をしていく上だけのボキャブラリーなら3千語程度あれば間に合うが、それでは豊かな言語生活は営めない。新聞にはおよそ年間3万語登場するらしいが、そのうちの50%以上は年間使用度数が1回であるという。「その一年に一度、一生に一回の単語をここというときに適切に使えるかどうか」「そこが大事」と説く本書は、実は不毛化していく日本語社会への警鐘とも読み取れる。
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