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「アジアの発想」 |
インターネットは米国で誕生した技術である。今でも発展の中心は米国にあるように見える。あまりにも米国中心(USセントリック)にし過ぎるという反発が生じているほどだ。しかし米国がインターネットを活用しているのは事実である。例えば米国は地理的に大きい。東海岸と西海岸では3時間も時差がある。ビジネスを電話で行うには時間を気にしなければならない。電子メールならば双方の都合の良い時に読み書きができる。また、広大な国土に都市が点在しているのだから、印刷物を全米に配布するのは苦労が伴う。Webが登場した時に、米国政府が率先して採用したのは当然である。ネットワークが活躍するのは、両端における情報が異なる場合である。両端が同じ情報ならば、わざわざ通信する必要がない。このように情報の差を『起電力』として、ネットワークの中を情報が流れる。米国と同様に活用が可能な国は、アジアで言えば中国であろう。広大な国土、漢字文化圏の持つ豊富な情報発信力、多様な文化、が国内に存在する。 米国や中国に比べると、日本は一様な国だと思う。これまでの消費経済の社会では、その一様性が長所として働いていた。ところが情報通信による変革が進行すると、一様性が短所となる。つまり起電力が働かない恐れがある。もちろん日本社会も目下急激に変化している。従来よりも多様性が重視さるようになってきた。 日本にとって多様性の宝庫はアジアの国々である。ヨーロッパに比較してもアジアは言語、宗教、衣食住のバラエティに富む。これは厄介な問題を含むと同時にネットワークの起電力の好機でもある。ただし多様性が直ちにネットワーク上の情報流通をもたらす訳ではない。まず言語の問題がある。インターネットをマルチメディアの代表選手のように喧伝する向きもあるが、現在のところ音声情報でも画像情報も文字によってインデックスされている。アジアの多様性を日本語だけで楽しむわけにはいかない。我々も英語だけではなく中国語を学ぶ必要がありそうだ。 さらに重要だと思うのは『分業の精神』である。日本人は長年にわたる農業立国の癖が抜けないためか、とかく皆が同じことをする傾向がある。情報通信を活用するには、一様な仕事をしたのでは駄目だ。ネットワークの両端で異なる仕事をする。その仕事が異なる情報を生み出す。その情報が流通する。このような仕事のスタイルに変えていかないと、ネットワークを活用することはできない。 | |
| 早稲田大学理工学部情報学科教授 インターネット技術センター長 NTTソフトウェア 後藤滋樹 |