表紙の種 SO- 2001. SPRING vol 17

  爭 ・・・”囚人のジレンマ”を乗り越えるもの

 争という字の本字、爭は、爪と又と厂という文字が組みあわされている。爪と又は、人の手を表わし、厂は引くの意。二人の手があるものを巡って互いに引きあう様子、転じて争うという意味になった。さて、あるのっぴきならない状況で、対峙する者は”囚人のジレンマ”という状況にまま陥る。相手の罪を密告すれば自分は赦免、相棒は重罰。黙秘ならともに罰せられるが、重罰ではない。離反と協力、どちらが有効な戦略なのか?最も合理的な判断は、相手を密告し、自分だけが赦免されることである。かくして、二人は互いを裏切り、ともに重罰に処せられる。相手の狡猾さを見越した判断が逆境を招く。自らの利益に最も忠実に振舞って下した合理的(と思われた)判断が、最悪の状況を導く。このジレンマが根源的であるのは、争う二者がほぼ同等の知力、判断力を持つ場合が多いからである。”囚人のジレンマ”は日常的の比喩に等しい。では、このような状況で勝利を収める戦略とは何だろう?70年代、政治学者R.アクセルロッドが主催したコンピュータのトーナメントは”恒常的囚人のジレンマ”に置かれた擬似生命的なプログラム同士が、自らの生き残りをかけて闘い続けるというものだった。勝ち残った”TIT FOR TAT”というプログラムの戦略は極めて単純だった。まず、相手に協力する。二度目からはその相手と全く同じ行動をとる。相手が離反しないかぎり、相手に協力し続ける。だが、一たび裏切られると・・・。”TIT FOR TAT”とは”しっぺ返し”という意味である。
梅澤北明(ライター)
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