「SO-」フューチャーヒアリング
「要素還元主義の限界。そして複雑系が語る新たなる知の世界。」

  田坂広志


これまで多くの知識人や研究者は要素還元主義に基づき「世界」を解釈してきた。要素還元主義とは「何かを認識するためには、その対象を要素に分割・還元し、一つ一つの要素を詳しく調べた後、これらの結果を再び集めればよい」という考え方である。「世界」を「巨大な機械」と見做し、これを一度分解し、良く調べ、再度組み立てるという機械的世界観と要素還元主義の手法は、確かにこれまで多くの成果を挙げてきた。しかし、大学や研究機関などが、この分解された要素を、それぞれの専門分野から徹底的に分析・研究することによって広大な知の領域を切り拓いてきた反面、高邁な理念として語られる「学際的アプローチ」や「総合」という言葉は、実際には「分析」した結果の“足し合わせ”以上の内容を獲得していない。

そもそも宇宙・地球・自然・社会・市場・企業などの「世界」は、本来「複雑化すると新しい性質を獲得する」という特性を持っている。そのため、それを分割した瞬間に、獲得された新しい性質は失われてしまい、対象を分割する度に大切な何かが失われていく。これが、「世界」の本質を見極めようとするときに、近代科学の要素還元主義が直面する限界である。それゆえ、いかに優秀であっても、自己の狭い専門領域にこだわる研究者が集まっただけでは、何も起こらない。いま、「複雑系」のブームの中でサンタフェ研究所に学ぶべきは、学際的アプローチという「知の格闘技」に挑む不屈の精神と不断の情熱である。

複雑系の世界において、「未来予測」は大きな意味をもたない。「非線形現象」の存在により、初期条件のわずかな違いが、大きな結果の違いをもたらしてしまい、また、「基本プロセス」そのものが進化してしまうからである。さらに、「進化のプロセス」そのものが進化することが、未来予測の不可能性を決定的なものにしている。「進化」は「変化」とは異なり、それが起こる以前と以後で「基本プロセス」そのものが根本的に異なってしまう現象である。すなわち、「複雑系の知」が明らかにするのは、この世界は「創造的進化」を遂げ続ける世界であるという深淵なる事実である。そして、この「創造的進化」を遂げる世界において、「分析」に代わる新しい認識手法が有効性を獲得していく。それは「洞察」という認識手法である。

この古典的な手法が、新たな生命力と豊かな内容を獲得し、現代的な手法へと生まれ変わってくる。なぜならば、現代の先端技術は、身体性を伴った仮想体験を可能にしつつある。こうした「仮想体験」を通じて深い「洞察」を獲得する手法は、これまでの「言語と理論」や「分析と総合」を超えた非言語的な知の獲得手法である。そして、こうした新しい知の獲得手法は、「要素還元主義」に代わる「全包括主義(Wholism)」の世界認識の手法であり、こうした手法こそが、世界の本質に深く迫っていくために求められている。

もともと世界は複雑系そのものであり「絶対矛盾」をそのまま内包している。それゆえ、「論理と直感」「精神と身体」「知と行」を分離した二項対立的思考では理解できない世界である。そして、いま我々人類が直面している諸問題と危機の深刻さを見つめるならば、「機械的世界観」から「生命的世界観」へ、「要素還元主義」から「全包括主義」へと知のパラダイムを転換することの重要性が、ますます強く認識されつつある。目前の21世紀は、まさに「生命論パラダイム」の時代となるだろう。複雑系の知が教えることは、そのことに他ならない。


田坂 広志(たさか・ひろし)

1951年生まれ、1974年東京大学工学部卒業。1981年東京大学大学院修了。工学博士。同年民間企業入社。1987年米国シンクタンク・バテル記念研究所客員研究員。1990年日本総合研究所の設立に参加。民間主導による新産業創造のビジョンと戦略を掲げ500社と15のコンソーシアムを設立・運営する。現職株式会社日本総合研究所取締役事業企画部長。名古屋大学講師。立命館大学講師。著書として『複雑系の経済学』(1997年・ダイヤモンド社)等がある。E-mail tasaka@ird.jri.co.jp