表紙イメージ 未来を創るソリューション提案誌・SO-
2003.WINTER Vol.23
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  騒 静かな相貌の陰で立ち騒ぐもの
は馬に蚤を添えた形声の文字。すなわち騒の音は蚤(ソウ)に由来する。騒の字自体は「擾(かきみだす)」という意味であるという。このときの蚤はノミではなく、その原義、すなわち「引っかく」という動作である。ノミという虫の名になったのはむしろ後代のことだ。
 明鏡止水という熟語がある。気持ちの乱れや濁りを離れた、落ち着いて澄みきった心境をいう言葉だが、このとき曇りのない鏡と対になって用いられている喩が静まった水である。つまり静まった水は 「騒」とは最も遠い状態にある、安定的なものとみられているわけだ。だが、「止水」も立ち騒ぐことがある。
 寒冷地ではまれに「踊る石」といわれる現象が起きる。冷たく澄んだ池や沼で水底の大きな石がひとりでに浮かび上がる現象である。池や沼に、冷たくまた周りに比べて密度も高い水が流れ込み、その水流が「止水」の底で仕掛けるいたずらによるものだ。この現象はサイクロイド空間運動と呼ばれ、実験でも比較的容易に起こすことができる。ビーカーに水を満たし卵を沈め、ゆっくりと撹拌すると卵は水面に浮かんでくる。ビーカーのなかで渦巻く水流の比重が卵のそれよりわずかに大きくなり、そのため卵が水面まで持ち上げられるというわけだ。しかし理屈はわかっても実際に目の当たりにすると心穏やかではいられまい。深閑とした夜の森、晧晧と天空にかかる冬の月。その月が照らす鏡のように静まった湖面を割って大きな石がゆっくりと浮かび上がってくる。この幻のような情景は「止水」といえど穏やかなものでないことを雄弁に物語るものだ。止水も静かな相貌の陰で、密かにたち騒ぐことがあるのである。明鏡止水の境地で、思わぬ感情が頭をもたげることがあるように。いわく人間の肉体の70%は水であるという。心と水はあるアナロジーにあるようだ。沸き、凍りつき、流れ、澱む。やはり、心も静かな表情の陰で立ち騒ぐ。
梅澤北明(ライター)
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