「SO-」フューチャーヒアリング
「生命科学から生命誌、研究所から研究館ヘ。」
 中村桂子


1980年代、それまでの懸命に進めてきた生命科学にある疑問を感じ始めていました。DNA研究が進んで、面白いけれど生き物の本質が分かったかと言うと、どうもそうではない。たとえば、ガンの遺伝子があることは分かったけれども、ガンとは何なのか、ガンを治す方法は何かはもう少し総合的なものだ、という感覚が生まれた。その中で私は、科学者として要求されることと日常の生活者としての関心事の乖離が著しくなってきたことに、疑問を感じていた。学問の中で動いているかぎりおもしろいけれど、人間として納得出来なくなってきた時期でした。そんな中、仲間とああでもない、こうでもないと議論を重ねて共通性の追求だけでなく多様性や全体性もみたいと考えていたとき、「生命誌研究館」という言葉が浮かびました。その瞬間に、それまで考えてきたことが整理できた。あの瞬間は今でも忘れません。

生命誌は、DNAを遺伝子として分析していくだけでなく、一つの個体を決める単位である『ゲノム』に注目して生命現象の解明をします。
ゲノムは、生命の起源に始まり、ヒトはどのようにしてヒトとなり、アリはどのようにしてアリになったかを示します。また地球の生物すべての関係をも示してくれる。それはまた、未来をどう考えるかを教えてくれます。

生命誌の研究は研究所でなく「研究館」。「館」は、専門家が仕事をする場であると同時に他の人も常に招かれている。
科学の非日常性のことを考えるとき、音楽を思い浮かべます。若者は科学をやりなさいと言ってもやらないのに、音楽はやめろと言ってもやっている。悔しいけれど音楽には科学に欠けている何かがあるに違いないのです。

音楽はトップクラスのプロが一般聴衆に対して演奏する。私はトップのプロだからプロだけにしか聞かせませんなどという音楽家はいないわけです。作曲も、プロだけが演奏して下さいなんて言いませんね。ところが科学者の論文は専門誌に載り、専門誌ゆえにプロだけしか読みません。音楽でいえば論文は、よくて楽譜ではないでしょうか。その楽譜を見てプロだけしか弾けないのではだめなんです。それでは作曲した意味がない。これまでの科学はそれと同じ事をしてきました。科学も演奏しなければいけないと思います。一番いいのはシンガーソングライター。自分で書いて自分で演奏すること。わたしは、科学者の仕事は、研究し論文を書くことだけでなく、それを社会に対して演奏してみせることまで含むと思っています。それをやらないから社会から乖離するのであって、いってみれば自分たちが悪いわけです。演奏家、つまり、ジャーナリストやライターも必要ですが、まずは自分が演奏してみなくては。ホールで科学をおこなう試みが「生命誌研究館」です。

中村桂子(なかむら・けいこ)
昭和11年、東京生まれ
昭和34年、東京大学理学部化学科卒業
昭和39年、同大学院生物化学科修了(理学博士)
昭和39年、国立予防衛生研究所
昭和46年、三菱化成生命研究所社会生命科学研究室長
昭和56年、同研究所人間自然研究部長
平成元年、早稲田大学人間科学部教授 三菱化成生命研究所名誉研究員
平成5年、早稲田大学人間科学研究科教授 生命誌研究館副館長
平成7年、東京大学先端科学技術研究センター客員教授(先端システム大部門インタラクティブシステム分野)
平成8年、大阪大学連携大学院教授

著書/『科学技術時代の子どもたち』(岩波書店)、『生命のストラテジー』(松原謙一共著、早川書房)、『ゲノムの見る夢』(青土社)、『ゲノムをよむ』(紀国屋書店):平成8年第12回日刊工業新聞技術・科学図書文化優秀賞受賞 『「私」はなぜ存在するか』『脳・免疫・ゲノム』(多田富雄、養老猛司共著、哲学書房)、『あなたのなかのDNA─必ずわかる遺伝子の話』(早川書房)、『自己創出する生命』(哲学書房):平成5年毎日出版文化賞受賞 『生命科学から生命誌へ』(小学館)、『いのちの海』(人文書院)、『生命誌の扉をひらく』(哲学書房)、『ミクロコスモスに生命誌を読む』(三田出版会)、『組換えDNA技術の安全性』(講談社サイエンティフィック)、『生命のストラテジー』(岩波書店)、『 毎日が科学の目』(講談社)、『生命科学と人間』(日本放送出版協会)、『女性のための生命科学』(中央公論社)、『生命科学』(講談社サイエンティフィック)、『生きもののしくみ』(ほるぷ出版) 訳書/『Oh!生きもの 生物のみごとなしくみ』(中村友子共訳、三田出版)、『お母さんノーベル賞をもらう』(中村友子共訳、工作舎)、『DNAとの対話』(早川書房)、『二重らせん』(講談社文庫)、『遺伝子の分子生物学』(トッパン)、『細胞の分子生物学』(教育社)、『熱き探求の日々』(TBSブリタニカ)、その他多数。