「ひとの目、時の芽」
品質保証、柿ピーからの遥けき道


「工場出荷の際は、品質・包装に万全を期しておりますが、万一変質品がございましたら、お求めの月日と店名をお書きのうえ、現品と外袋をお送り下さい。郵送料は当社負担で、お取り替えさせていただきます。」

ビールのつまみに買ってきた「柿ピー」の袋にあった文面である。実に示唆に満ちた文面ではないか。

ここでいう「品質」とは変質していないということらしい。変質はしていないが、ピリッとしないとか少し湿気ているとかのときに苦情を申し出るとどんなことになるのだろう。当社の品質基準に合致しているとの丁重な手紙がくればよい方かもしれない。100~200円の商品に対して魅力的品質など期待する方が間違っているのだろう。

「万全を期す」のは工場出荷の際ということだから、包装直前の内容物の検査を厳重に行い、包装の気密性などを検査して出荷しているのだろう。日本の品質管理の歴史において、検査重点主義から工程管理重点主義に移行し始めるのが1950年代、さらに新製品開発重点主義への様々な試行がなされるのが1960年代半ばと言われるが、品質保証の中心思想は依然として最終検査ということなのだろうか。

「変質」というのは食品の品質として致命的と思うが、いたって悠長な対応である。必要なデータと証拠物件をお送り申し上げると、こちらが支払った郵送料と(たぶん)変質していない代替品を送っていただけるらしい。取引において品質保証という概念が生まれるのはそう古いことではない。商品が複雑になり、また供給者と購入者の距離が遠くなって、「買い手危険持ち」から「売り手危険持ち」に変えなければ商品が売れなくなって生まれた思想である。始めは何かあったら弁償しますという「補償」だった。それが、始めからよいものを提供するような仕組みを作り、万一間違いがあったら適切な補償をするとともに、二度と間違いを起こさないように仕組みを改善するという「保証」に変わるのにそれほど時間はかからなかった。しかし、補償が中心という考え方はここに厳然と残っている。

品質の経営における意義、「お客様の満足」という考え方の重要さとその深い意味、これらを達成するためのシステムの効率など、日本の工業製品の一部の品質管理のレベルは間違いなく世界一流である。品質概念の拡大とともに「経営の質」までもが議論され、TQMでこれを向上させようとする企業があるなかで、改めて「いろいろある」ことを認識した。

ソフトウェア製品はいまどんなレベルにあり、何をめざそうとしているのだろうか。

東京大学 大学院 教授
工学系研究科化学システム工学専攻
工学博士 飯塚悦功