「ひとの目 時の芽」
インターネット雑感


 
1989年の「ベルリンの壁」開放に象徴される東西冷戦構造の変化は目を見張るものがある。
1985年頃に、西ベルリンから東ベルリンへ地下鉄で国境を越えた時のことを思うと(このときは一人ずつ小さな畳半分くらいの部屋に押し込められて身体検査を受けた)、隔世の感がある。当時、東ベルリンの街の雰囲気は電力事情もあって薄暗く、排気ガスがたちこめていたという記憶だけが残っている。それから数年してベルリンを訪れた時に、丁度壁が壊されるときに出くわした。西も東もお祭り騒ぎではあったが、その当時東側で壁の破片を道ばたで売っていた人々の顔を思い出す。

1990年に入ると東欧諸国(東ドイツ、ハンガリー、ルーマニア、チェコスロバキア、ブルガリア等)が、初の自由選挙を実施することになる。

1989年?1990年にかけて東ヨーロッパを旅する機会に発見したことが一つある。それは家々(かなり貧しいと思われる家でも)の庭や窓に小さなパラボラアンテナが数多く見うけられたことである。国境を越えて、西側のありふれた情報が直接東側の家庭へ届いていたことを思うと、情報の共有がいくばくか国の体制の変革に影響したのではないかと思わずにはいられない。当時、中近東のイスラム諸国、中国本土では、個人のレベルでのパラボラアンテナの設置は厳しく規制されていた。

インターネットは周知の通り1969年の国防研究ネットワークをその源とするデータ通信の方法の一形態であるが、サテライトと同じような影響を持ち始めている。国の壁を越えた情報の共有、交換という意味では、分断されている国々人々が21世紀に新しい枠組みで地球規模の世界観を持てるようになるのではないかと思っている。
私は年齢から言うと団塊の世代の最後の方に当たる。全共闘世代でもある。若い頃の熱き思いはかなり薄れてしまっているが、我々の子供の世代に何か残せるとしたらインターネットという新しい通信手段を育てて、子供の世代に、より広い世界観を持つ手助けとなればと思う。(談)
株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)
取締役会長 深瀬弘恭