課題発見

伊藤忠テクノサイエンス


「お客様志向、オープンな思想で最良のネットワークを築く」

<専門性が高く幅広い事業内容と販売後のきめ細かいサービス>

当社は1972年、昭和47年、にスタートしたわけですが、商社系のコンピュータ関連会社では一番の後発となります。当時、コンピュータ会社を支えていたのは、メインフレームを中心にしたさまざまな製品でしたが、当社にはコンピュータ・エンジニアが数多くはおりませんでした。また、主なコンピュータ関連の企業の多くはすでに他の商社に買収されてしまっていたため、優秀なコンピュータ・エンジニアを採用しようとしても不可能な状況でした。つまりいったい何を商品として売ったらいいのかいう問題があったのです。

しかしながら、コンピュータ業界は他の業界以上に、商品・サービスの販売後のきめ細かいサービスやサポートはもちろん、その成長・深化を永続的に支援していくことが大切なのです。そこでまず、きめ細かいサービスを提供できる能力をある程度持っている会社を買収することからスタートしました。

それから25年という、決して長くない歴史の中で、金融、アパレル、製薬、広告・販売促進など専門特化した7つの事業会社を含めたCTCグループを並列のプラネット状に配置し、お客様の業種・業態ごとにひとつの生命体のように有機的な連携プレーを発揮する体制(グループ・フォーメーション)を確立してきました。
情報システムとネットワーク環境は、中央集権型のメインフレームシステムから並列分散型のクライアント/サーバーシステムへと移行してきましたが、当社もその思想をCTCグループ全体に拡大させてきたわけです。また、あらゆる企業の多様なニーズに迅速に対応するために、全国に24カ所の営業拠点、1000名以上のエンジニアを擁し、情報システム導入・運営のサポートからメンテナンス、サプライ用品の供給まで、常にベストな状態でのシステム稼働をバックアップしています。

<人が目をつけないニッチマーケット>
当初スタートしたころは、我々はあまり人が目をつけない領域でビジネスをしていこうということで、取り扱う商品はいずれもニッチマーケットにターゲットを絞りました。そこでデータエントリーやワング社のワードプロセッサ、輸出入業務関係のパッケージ、などをまず市場に紹介しました。

データエントリーに関して、今でこそキーツーディスクは一般的な製品ですが、もともとは当社が、キーパンチに代わる製品として日本に紹介して売り出したものです。この製品は従来のキーパンチと違って、騒音のない環境で入力ができるため、オペレータの効率が上がります。入力のために必要であった使い捨てのカードの代わりに繰り返し利用可能な磁気ディスクを使用するため、コストの削減につながります。こういうことで、一年間で1500から1600台販売することができました。

ワードプロセッサとデータプロセッサの機能をあわせ持つパッケージを日本の輸出企業に販売することもしました。これは日本に輸出企業が多いという点とコンピュータにのせるソフトがターンキーのソフトを中心にしているという点に着目したものです。日本には輸出企業が多いので、英文のワードプロセッサによるドキュメント処理が発生します。輸出関連業務というパッケージをつけて、それを多くの輸出関連企業に提供しました。

<オープン思想のSun Microsystemsとの出会い>
取り扱う製品が増えていく中で、UNIXの教祖であるビル・ジョイ率いるSunMicrosystemsとの出会いがあったことは、当社の転機となりました。この出会いで、情報環境では、これからはオープンな思想でオープンなOSが必要になってくるのだと考えさせられたのです。

当時、半導体技術の開発が進み演算処理が高速化されたが、それぞれのメーカのOSでコンピュータを操作しなければならないため、お客様は演算処理高速化の恩恵を受けるチャンスがない。しかもコンピュータシステムを作るときに、一番コストがかかるのはアプリケーションである。そしてこれら問題を解決できるのがUNIXである。このようにビル・ジョイは私たちに熱っぽく語りました。ここでSun Microsystemsのワークステーションを日本で販売することを決定しました。しかし、取り込むアプリケーションが何にもなかったので、当社にノウハウがあるCAD/CAMをのせて、エンジニアリングワークステーションという位置づけで販売をスタートしました。その後、もっとアプリケーションを取り込んでいこうということで、金融市場のディーリングシステムなどもワークステーションのかたちで提供し始めました。

<世界標準とお客様志向へ向かって>

製造業から流通、金融業まで幅広い領域で情報ビジネスを進めていますが、これからもそれぞれの技術をどんどん深化させ、かつ領域をさらに広げていくということがひとつの大きな目標です。
具体的にひとつ挙げれば電子カルテです。いまの日本の病院では、患者さんと密に対応するため本来あるべきシステムが、何にもできていないのです。その典型がカルテです。

カルテは診察を受ける科ごとに別々なので、複数の科で診察を受けた患者さんが自分の病気に相性の悪い薬を、別の病気で診断を受けた科で受け取ってしまったり、同じテストをそれぞれの科で何回も受けてしまったりする問題が発生してしまいます。そこでカルテを電子化して、どの科でどのような治療を受けているのかという情報を、どこからでもアクセスできるようにすれば、このような問題は回避されることになります。米国の空軍病院で徹底的にやっている電子カルテシステムの実績をそのまま民間に持ってこようということで、このシステムは今年の初めから販売を始めました。

当社が生き残る道はハード分野ではなくソフト分野、しかも大手のコンピュータメーカが追従できないような分野に力を入れることだと感じています。そしてアメリカの優れた商品を日本に積極的に紹介・販売していくことです。

日本のソフトでも、もちろん良いものはありますが、現状ではアメリカの方が良いソフトはたくさんあります。というのも、アメリカでは世界をマーケットにソフトを開発・販売しているので単価を安く抑えられますが、日本で作られるソフトの多くは日本でしか流通しません。この意味で、日本のソフト業界はもっと世界のマーケットを相手に努力していかなければ、いつまでたっても伸びないのではないかと思います。

最後に、私がいつも考えていることですが、これからお客様はますます増えてくるので、私たちはお客様の一員だという認識とともに、お客様は私たちのR&D(研究開発)に携わる一員だという認識を持たなければならないと思います。つまりCS(カスタマー・サティスファクション)という言葉がありますが、お客様が要望していることを満足させるということからアプローチしていくことが大切なのです。現在は、「企業が大量生産してお客様に大量販売する」時代ではないのです。お客様志向という点では、他社でも必要な考えではないかと思います。その考えを徹底して実行に移す。このことが当社における今後の最大の課題と言えます。