マイクロソフト株式会社 代表取締役会長/ 古川 享
鶴保征城
 /NTTソフトウェア株式会社代表取締役社長

「デジタル化が生み出す新たな社会と企業活動」

●デジタル技術の進化と健康的なバランス
●開発者モチベーションの日米差
●新しい時代、次への興奮



デジタル技術の進化と健康的なバランス

鶴保●戦後50年を振り返ってみると、エレクトロニクスの世界では、25年/25年で大きな区切りができているように思います。前半の25年は醸成期で、トランジスタとかICなどの半導体の技術が生まれ、テレビや家電製品などの形で発展しました。後半の25年が爆発期で、企業活動や個人生活の隅々にまで使われてきています。
デジタル技術については、この後半の25年が醸成期に相当するとみることができ、今後の25年、応用面で爆発的に成長するのではないか、そう感じています。デジタル技術が応用面でいったいどこまで伸びるのか、全く想像のつかないぐらい大きな技術革新、いわばパラダイムチェンジが起きるのではないかと、個人的に思っています。

古川■そうですね、今まさにデジタル化したものがうまく融合を始める時代ではないかと思うのです。そこにすごく大きな期待を寄せています。大きな技術革新により、現在個々の製品がデジタル化して成長しているわけですが、今おっしゃられたパラダイムチェンジということで言えば、これらがすべて融合する。写真で撮影したものがそのままホームページに載せられたり、最近の音声技術が放送を超え双方向の通信を巻き込んだり、メディアにまたがった形で、ひとつの素材が多岐にわたって拡張できるようになる。そしてお互いのデジタル化がうまくブレンドしてひとつの大きなメディアを作り始めるという状態になっている、と感じています。そういう意味では、非常におもしろい時代がくるという期待が強い。

それと注目すべきは、そういったデジタル技術の進展が、単に計算力を高める、記憶容量を増すことだけでなく、人間同士がお互い、より柔らかいコミュニケーションをするための道具として使われ始めているということです。

鶴保●なるほど、非常に面白い見方ですね。デジタル技術の進展により、そういったさまざまな局面でいろいろな技術が現れ、融合されていくと、ハードはハード、ソフトはソフト、ネットワークはネットワークという、ある程度セパレートしてシンプルな形で産業が発展し、構成されているこれまでの状態より、かなり複雑な様相を呈する気がします。
もちろん複雑さという面では、会社経営などにもあてはまるわけです。

古川■大きな問題ですね。ただ、じゃあそのシンプルか複雑かというときに、私はよくこういうなぞらえ方をするのです。
ひと昔前までは、共産圏と自由圏の2つのグループがあって、そのピラミッドの頂点にソ連とアメリカがあった。その国々の頂点に君臨するだれかが、ピラミッドの頂点に立っていた。昔の会社だったら、社長さんがいてその社長さんがなにか物事を決定すれば全社で従うという、ワンマン社長の経営もあった。家庭の中では、お父さんの力が非常に強くて、お父さんがこうやると言ったら、お母さんも子供もそれに従っていた。

組織の中で、だれかが支配することによってその方向に流れるという、ピラミッド型の構造というのは、シンプルには違いないけれども、デジタル化社会で、お互いの意志を尊重するとか、お互いがそれぞれの役割をうまく演じるということを考えたとき、果たしてピラミッド型の構造が適しているかということです。かつての米ソの役割も社長さんの役割も家庭の中のお父さんの役割も変わって、ある意味では、昔ほどピラミッドの頂点にたってすべてを引っ張る必要がなくなってきている。すべてが微妙なバランスのうえに成り立っている。

家庭の場合では、「お宅の家庭は、お父さんとお母さんと子供とだれが一番強いのですか」というと、「うちはお姉ちゃんが強くて、こういうことになるとお母さんが黙っていなくて、こういうのになるとお父さんもちょっと一言ある」というかたちで、 実は家庭というバランスが成り立っている。それを複雑ととるのではなくて、健康的なバランスととった方がよいと思います。ある意味ですべてがインターネット的になっているのではないかと思うのです。

鶴保●たとえば、その健康的なバランスというのは、貴社(マイクロソフト社)の企業活動にもあてはまるわけですか。

古川■もちろんです。私は、これから先、特にインターネットの時代になってからは、物事の決め方もデジュール(de jure:公的、道理上)からデファクト(de facto:事実上)へ変わると言っています。デジュールというのは、昔だったらある業界のある方々が物事を決めたり、政府がこういう規約にしましょうと決めたりして、それに産業が従う、もしくは業界の一部の方が決めて、それに絡むすべての方々がその規約のもとで商品を作る、というスタイルなのです。このやり方はいまでは通用しません。じゃあ何が支持されるのかと言えば、デファクトです。実際に使っていただく方々の趣味嗜好(しこう)に合わせて、どちらのほうに、お客様の実際の使用時間もしくは購買意欲が流れるかとうことによって、物事の規約が決まってくる。

マイクロソフトが中央集権型に物事を決めてきたのではなく、デファクトの時代に合わせて、お客様が何を望まれているのかということに耳を貸しながら作ってきた結果が、こういう状態になったと思います。そういう意味では、たとえば取引先の企業さんに対しても、「物を買って下さい。売ってお終い」という関係ではなしに、相手方が持っておられるテクノロジを生かして、一緒に何か次の時代をつくりませんか、と提案してきました。そういうことに、外資系のどのメーカよりも真剣に取り組んできたのがマイクロソフトだと思います。

開発者モチベーションの日米差

鶴保●米国の技術開発力が強い理由として、産学共同体制の確立や各種の学会の活発な活動があげられますが、日本ではなかなかうまくいかないのが現状です。最近、慶應大学の取り組みのように、やっとその芽が出始めているようですが、開発や研究に携わる人間のモチベーションにも何か違いを感じます。

古川■確かにおっしゃるとおりです。米国では、すべてとは言いませんが産学共同体制が確立しています。また研究発表の場も非常に多く、どこも活発な活動を行っているようです。もちろん企業の取り組みは非常に積極的であり、たとえばシーグラフ*1)などで出されている論文の数は、去年も今年もマイクロソフトが一番多いですね。MITのメディアラボでもスタンフォードでもルーセント*2)でもなくて、マイクロソフトが一番多くの研究論文を出しているわけです。

*1)SIGGRAPH:ACM(Association for Computing Machinery米国最大のコンピュータ分野の学会)のCG(コンピュータグラフィックス)に関する下部組織(SIG:分科会)のひとつを指すが、一般には毎年CG分科会が開催する世界最大のCG国際会議として有名である

*2)Lucent Technologies:世界最大の通信機器メーカ。1995年のAT&Tの3分割決定(電話サービス、開発・製造、コンピュータ(NCR))に伴い、その研究開発(ベル研究所)および製造、販売部門が1996年にLucent Technologies としてスタート

鶴保● マイクロソフトの日本法人の場合はそういう活動はどうですか。何か米国との差のよ うなものをお感じになりますか。

古川■ 日本でも積極的に活動したいところですが、なかなかできません。目の前にある物作 りに追われているという状態です。本当は、日本の研究者、企業の方々、それから大 学の方々のほうが研究者の層は厚いし、出しておられるアウトプットというのも質の 高いものがたくさんあるので、むしろそういう方々と、マイクロソフトの日本法人が 接点を持ち、教えていただきながら、研究開発などにも結びつけていかなければなら ないと思います。

日米の差という意味で言えば、それはもうかなり感じています。日本では、学会を例 に取ると、それを支える方々が企業の研究所の方、大学の教授・助教授の方、それか ら研究室に残っておられる先鋭的な若い方々、そういう方々だと思うのですが、それ らの方々は、「論文を発表する」、「特許を申請する」という2つに目標を置いてい るのです。そこに目標を置くと、「賢い人が理解してくれればいい」となり、またそ ういうふうになることに何の抵抗も感じていない。「私はいくつの特許を取った」と か「とにかく研究論文を出すんだ」ということに目標を置いてしまったら、やはりす ごく偏ったところにテクノロジが向いてしまうと感じています。日米の一番大きな違 いはここにあります。

鶴保● 確かにその傾向はあるかもしれません。私自身も学会活動に携わりながら、何とか学 会の活性化ができないかを考えてきましたが、研究を行う目的の違いが日米で大きい ようですね。米国の研究者たちは、そのあたりをどのように捉(とら)えているので しょうか。

古川■ 私はあらゆることに物差しを当てるときに、商品が売れているかということに唯一の 価値を置くことは不健康なことだと思っていますが、商品にする予定が全く無いまま 、研究のために研究をするということは、ある意味でもっと不健康なサイクルを作っ てしまうのではないかなと思うのです。

それに比べてアメリカでは、たとえば成功している研究所の人でも大学の教授でも、 研究者でありながら、最後に企業の門をたたく。マイクロソフトのリサーチ部門に優 れた人がどんどん入ってきてるのです。だから全世界でコンピュータ・グラフィック スのすごい人間を5人挙げてみろといったら、ジム・カジヤがいてアルビン・レイ・ スミスがいて、トム・マックマンがいて...。5人のうち4人がマイクロソフトな のです。それから人工知能とか音声認識とか、その他あらゆる分野の人がどんどんマ イクロソフトに入ってきています。

鶴保● マイクロソフトが優秀な研究者を引きつけるだけの魅力を持っているということですね。

古川■ じつは以前、「こういう人たちが何でマイクロソフトに入ってきるのだろう。金に糸 目を付けずに研究者を刈り取っているじゃないか。」というニュースが広がったこと があります。ある新聞で、記者がそういった研究者に取材にいったわけですが、皆が 異口同音に言ったことは、「ここほど給料が安いところはない」(笑)。給料をあと 2倍でも3倍でも出してくれるところはあったのに、なぜわざわざここに来るのか。 入った当人たちも、給料の点では一番安いところに来たと皆が言うのです。何が選ば れた理由なのかというと、「他の研究所とか他の大学にいたとき、『研究のみに従事 して、自分の提案したものが一生、商品になる可能性がないまま、自分が段々年をと っていったとき、本当は自分のアイデアがたくさんの人に使ってもらえ、多くの人の 喜びを生むことが重要な物差しだ』と気づいた。

研究をうまく回転させるからくりで 成功した会社はいくらでもあるが、研究の成果を確実に商品に繋いでいくということ に対して真剣に取り組んでいるのがマイクロソフトだと考え、だからマイクロソフト に来た。」そういう話を皆おっしゃっていたのです。魅力という言葉を使えば、そう かもしれません。そういうところにきっと、日米の違いというか、今後のヒントがあ るのではないかと思います。

鶴保● 優秀な人材の確保は企業として重要な命題ですが、採ろうと思ってとれるものではな い。その企業の活動に対し自然と集まってくるものかもしれません。それではそのよ うな人材を育てている大学や研究機関への投資という面からはいかがですか。

古川■ 研究に対する企業投資に関して言えば、たとえばスタンフォード・リサーチ・インス ティテュートなどに行っても、「この研究室ではこの研究をこのまま続行するにあた り、あとお金がいくら必要なので、どこでもいいから出資しませんか」と提示されて いる。すると、日本の企業がここに5000万出す、ここに2000万出すというふうに、大 変なお金を出しているのです。

ところが日本の大学や研究機関に対しては、企業が直接この研究室のこの研究にお金 を使いたいという指名ができないのです。結局どこでどういうふうに使われたかが見 えなくなってしまう。そしてやっとお金がついたとしても、日本の大学や企業の研究 所はむしろ逆に予算が付いたらそれをきれいに使い切ってしまうことにしか目標がな い。そうすると研究成果があがって使い切るのだけども、それを次の商品として展開 したい場合、「その投資に見合うだけの商売になるのか」と研究者に問うと、研究者 は20億円かけて研究の成果を挙げることに目標があるわけで、「20億円が最後に利益 を生むかどうかは私の責任ではない」、というふうになってしまう。アメリカの場合 では、投資してもらったらその分利子を付けて返すから、それから先は自分が儲けに なる。個人として会社として大成功を収めて、城を建てるのもよし、フェラーリを買 うのも自由だという、自由闊達(かったつ)な雰囲気があるわけです。

新しい時代、次への興奮
鶴保● なるほど、何か耳の痛い話がつづきますね。だだ、おっしゃられたように、日本の研 究レベルや技術者レベルは非常に高い水準を持っています。これはビジネス面での展 開と今後ますますリンクしてくる訳であり、大きな可能性を感じます。
その意味では、これからやってくる時代とそこに取り組む技術者や経営者が、明確な 目的のもとグローバルスタンダードを見据え、果敢に攻めていく姿勢が大切になるわ けです。最初の話に戻ると、デジタル技術の発展とともに非常に面白い時代がやって くるわけで、通信と情報処理の両方やっている会社である我々の特徴が、本当の意味 で生かされる時代だと思います。

古川■ そのとおりです。そして我々の取り組みとしては、利用者の声に耳を傾けると言うこ とが重要です。たとえば、今まで演劇だとか映画作りだとかテレビや音楽で貢献して いたアーティストなり映画作家の方々が、情報通信がひとつの形になることによって 出てきた新しいうねりに出会います。このとき大切なのは、テクノロジを提供したら 使ってくれるだろうという発想のもとではなしに、お客様に耳を貸してお客様が欲し ているものを作るということ。それがオブジェクト指向の基本だとも思っています。

これからの時代は、たとえばアーティストなり、街なかのおじいちゃん、おばあちゃ ん、子どもなりが、次の時代で自分はこういうことができたらいいなと思っているこ とを企業活動の中でうまく位置づけられるかもしれない。そういう人たちの発言、自 分の父親、母親から子どもの世代まで、その人が欲しているものをみんなで協力して 作れるかもしれない。そんなことに今一番興奮しています。実は私は今年の10月に 、テレビとインターネットを融合させるウェブ・ティービー・ネットワークス(株) の会長になったのですが、それも含めてこれからも「こういうものがあったらいいな 」をかたちに変えていくための挑戦に果敢に取り組みたいと思っています。

鶴保● とかく技術者発想が先行しがちな分野だけに、利用者の声に耳を傾けることの大切さ は痛感します。またそのニーズの変化のスピードが速い。それに対していかに先行で きるかがポイントだと思います。研究技術を超えた商品化、しかも商品として単品で 売るのではなくて、それをキー・ソフトウェアやキー・ハードウェアとしてシステム インテグレーション、ソリューションビジネスの中に組み込むことに大きな可能性と 役割を感じています。これから訪れる競争社会は、これまでの技術分野や研究分野を 超え、より創造的で付加価値の高いプロダクトが求められます。現状の基盤を生かし ながらも、世の中のニーズに革新的にこたえていく、高付加価値のインテグレータ、 エンジニアリング集団になっていきたいと考えています。

今日はどうもありがとうございました。