課題発見
「情報システムの活用がビジネスを変える」

日本ヒューレット・パッカード株式会社

技術の3本柱「計測、コンピュータ、通信」を融合させ製品・サービスを提供している日本ヒューレット・パッカード(日本HP)は、電子メールやイントラネット、ボイスメールといった情報通信システムの活用がビジネスのスタンダードという米国を中心としたHPグループの思想を日本国内でも継承しています。1993年から3年計画で実施してきたOA環境整備プロジェクトにより、社員一人1台のパソコンを配備し、ボイスメールも導入し、様々な業務をネットワーク上で行っています。
OA環境整備プロジェクトを先頭に立って推進してこられた甲谷勝人代表取締役社長にプロジェクト立ち上げの経緯、目的、これからの取り組みなどについてお話をうかがいました。


<情報技術が与えるインパクトを体感した香港時代>
OA環境整備プロジェクトをスタートさせた動機は、私が1988年から1991年までアジア太平洋地域メディカルビジネスのゼネラルマネージャとして駐在した香港時代に遡ります。

私は香港に駐在するまでOA機器、特にパソコンを使ったことがなく、資料は手で書いたものを秘書にパソコンで作成してもらっていました。また、電子メールで送られてきた文書の内容は秘書がプリントアウトしたものを確認していました。ところが着任した香港では、同僚のマネージャは秘書がいても、すべて自分でパソコンを有効的に活用して情報の伝達・収集を行っていたのです。たとえば、日本のあるお客様にお納めした機器を調べる場合、日本で調べようとすると大変時間がかかるのに、香港からネットワークを使って調べると簡単に分かるのです。

同僚の仕事ぶりを見聞して、電子メールなどの情報技術を利用して仕事をするのは非常に効率がいいということが分かりました。そこでまず、電子メールが不自由なく使えるように秘書から特訓を受け、とにかく電子メールが操作できるようになりました。それからも、データベースの使い方、パソコンによる資料作成法など、同僚や秘書のサポートを受けて学んでいきました。香港駐在時に、情報技術や情報インフラを積極的に活用することにより、ホワイトカラーの生産性を格段に上げることができるということを、実感として体験したのです。



<ジャパン・アイデンティティからの脱却>
まだ当社が横河・ヒューレット・パッカード(YHP)であったころ、日本のお客様が主なクライアントだったので、YHPの中では、日本の商習慣に合わせた日本語で動くシステムを独自に開発して利用していました。一方で、海外のHPでは全世界を束ねたひとつのシステムが動き、技術進歩と共にどんどんアップグレードされていたのです。日本ではHPのバージョンが変わるたびにインタフェースを換えていくという状態で、しかも従業員からのいろいろな要求や意見に対してもすぐに対応できず、大変な手間がかかりお金もかかっていました。

当時はシステムだけでなく、あらゆることにジャパン・アイデンティティを強く持っていました。YHPが独自に開発したシステムは、システムとしては実に素晴しいシステムで、その名前を「ヤマト」と名づけ、それは誇りでもあったのですが、ビジネスのグローバル化が進むにつれ、かえってこのユニークさが、生産性向上の足かせになってしまいました。

自国や自社に誇りを持つことは悪いことではないのですが、世の中がネットワークされ国際化も進んでいくこれからの時代では、それにこだわっていると国際競争についていけません。米国のHPなどと比較すると、従業員の生産性に格段の差があったのです。当社はグローバル企業として世界中に膨大なHPのリソースがあって、このリソースを十分活用すれば日本のお客様にも最高のサービスを提供できるはずです。日本の競合会社と比較した場合、これが私たちの絶対の強みであり、それを可能にするのがグローバルスタンダードである情報技術や情報インフラの整備なのです。

<そしてOA環境整備プロジェクトのスタート>
こうして1991年に日本に帰ってきてから企画担当などを経て社長に就任し、情報リテラシーの醸成、社員の生産性向上、コスト削減などのための改革、OA環境整備プロジェクトをスタートしました。目標は1996年までに世界のHPと同レベルのネットワークを組み上げるというものです。



■PC-COE*の推進とその効果
まずできる限りパソコンを社内から集め、それを従業員一人ひとりに配ることからはじめました。そして、今から考えればスピードは非常に遅かったのですが、それぞれのパソコンをネットワーク化していきました。ネットワークの高度化を図りながら、さらにYHP独自のものとしてつくり上げられてきた膨大な数の様々なシステムを、できる限りHPが世界中で使っている同じ機能をもつシステムに切り換えていきました。これまで採用してきた世界のHP標準の情報システムが2割、そして日本独自のものが8割だった比率を逆転させようとしたのです。
*PC Common Operating Enviroment PC 共通操作環境

この取り組みは成功しました。情報システム担当者のおかげでもありますが、成功の理由はほかにもいくつかあります。まず、会社方針として情報システムを集中的にコントロールし、構築したという点です。つまりアプリケーションは全て中央のデータベースに入れておき、従業員が必要なアプリケーションを使用するときにその都度ダウンロードし、バージョンアップも中央で素早く行うというシステムをつくりました。また、PCのコンフィギュレーションも標準化し、どこのオフィスや工場に行ってもまったく同じ環境で仕事ができるようにしました。情報システムをコントロールすることで、コストが削減できただけでなく、生産効率も上がったのです。

PC−COEは全社的に予算を組んで推進してきたわけではありません。全社的にPC−COEを提唱し、こういう仕組みでやりますよという方向性だけを示し、事業部間で情報システムの導入を競争させることで促進してきたのです。これがPC−COEの導入が成功を収めた二つ目の理由です。当初PC−COEを進めるための全社的な予算がなかったので、各事業部に割り当てられた予算の中で情報基盤整備のために使うか、営業車の購入のために使うか、もしくは開発部門への投資のために使うかは事業部長の判断に任せました。しばらくすると事業部間で情報基盤の差が歴然とし、整備が疎かになっているチームから不平不満が出てきました。そこで各事業部長は、情報基盤整備のために予算を使わざるを得なくなり、全社的に情報システムが整備されていったのです。

社員に不便を感じさせることで、情報システムの必要性を啓蒙していったこともPC−COE推進の一助となりました。企業には企画・営業・開発といった直接利益に影響する業務だけでなく、出張申請、仮払申請、旅程の承認など間接的に利益に影響する業務があります。PC−COEでは間接業務もネットワーク化していきました。そうすると、たとえば出張するときに必ずパソコンで手続きをしなければならないのです。間接業務も含めたビジネスフローのほとんどをオンライン化させると、ネットワークを有効に活用しているグループとしていないグループで、仕事の効率に格差が出てくるわけです。つまり、間接部門でさえパソコンなしでは業務効率が悪くなるということを植え付け、情報システムの必要性を啓蒙していったわけです。

では、パソコンが苦手な従業員の情報リテラシーをどのように高めたらいいのか、また企業として、そういう人たちをどのようにサポートすればいいのかという問題があります。若い人はすぐに吸収していきますが、年配者の中にはパソコンを操作することさえ大変な人がいます。そこで、パソコン操作を教育するシステムをつくりました。年配の従業員には通常より長い講義実習を提供し、インストラクタには散々苦労してパソコンをマスターした同年代の従業員が務めるという、等身大の講座が特徴です。この教育システムによって、当社では世代に関係なく誰もがパソコンを操作できるようになりました。

以上のPC−COE推進策により、アプリケーションおよびOA操作環境の統一化、そしてそれに伴う情報の共有が可能になりました。つまりこの取り組みにより、様々なビジネスプロセスにおけるコストが削減され、生産性が向上したのです。



■ボイスメールの導入
PC−COEのプロジェクトと平行して、アメリカのHPで既に導入されていたボイスメールの構築もスタートしましたが、業務のスピードアップという意味で非常に効果がありました。ボイスメールの利点は要するに声の電子メールなので、電子メールでできることは声でもできます。しかもパソコンが必要ないので、場所を問わず家でも仕事ができるのです。

たとえばセールスに関するあるプロジェクトで、お客様との値段の交渉が行き詰まったとします。従来では一度社に持ち帰って上司の対応を仰ぐことになるので、非常に時間がかかっていました。しかしボイスメールを利用すれば、外からでも自分宛てのメッセージの確認やそれに対する返信ができ、従業員も頻繁にメールボックスの確認ができるので、社員間の連絡がスピードアップします。先ほどのセールスの例ですと、1、2時間でお客様にお答えができるようになりました。お客様からも「HPさんは反応がはやくなりましたね」と言われています。

今ではボイスメールをうまく活用することで、それまで受けていた時差や場所といった制約がなくなり、必ずしもフェース・トゥ・フェースでなくても仕事を進めることができるようになりました。仕事のスピードが格段に速くなって、効率がよくなったのです。これはつまるところ、競争力の強化につながったわけです。(図1)

OA環境整備プロジェクトの成果と、これからの情報化の取り組み
OA環境整備プロジェクトの取り組みにより、目標の1996年を待たずして1995年に完全に世界レベルのシステムができ上がりました。世界120ヵ国をカバーするネットワークと、それによって可能になった情報の共有化により組織がかわり、仕事の流れが大きく変わってきました。

たとえばある営業所では、コンピュータ業界や自動車業界をそれぞれお客様にもつグループの営業担当者がひとつのオフィスを共有していますが、そこには各グループをマネージしている人はいません。各グループのマネージャは大阪や東京ですべてを統括しているのです。このような状況が日本全国に広がっていますし、ネットワークを使えば十分成り立つのです。(図2)

受注処理をする担当者も同様に全国各地に散らばる必要がなくなりました。従来は営業担当者に張り付いてそれぞれの営業所で見積書を作ったり、注文書を出したりしていました。現在は専用線で各営業所、事業所をネットワークすることで、このような機能を全部八王子に移しました。八王子の受注処理担当者がイントラネットにアクセスし、納品書、注文書、見積書といった書類の手続きを遠隔地にいる営業担当者に対して行う仕組みができたわけです。

情報システムの整備は、社員の生産性向上、スピーディな意思決定、スムーズな情報交換、コスト削減などの効果を狙って実施してきました。快適で刺激に満ちた環境を活用して、人種や年齢、性別を越えて従業員全員に創造性を十分発揮して欲しいのです。そしてお客様に、最高の品質と最大の価値ある製品やサービスを提供したい。この想いがOA環境整備プロジェクトを推進させたのです。

今後、CS(Customer satisfaction)、サプライチェーンマネジメントに関しても情報システムを有効に活用していこうと考えています。当社はプリンタをはじめとしたエンドユーザがターゲットの製品から、電子計測システムや大型クライアント・サーバシステムといった、企業が主なお客様である製品も扱っております。専門的な製品はお客様が決まっているのでその声を吸い上げやすいのですが、エンドユーザ向けの製品に対する声を反映するのは難しいのです。しかしプリンタを購入しようが電子計測システムを購入しようが、お客様にとって日本HPはひとつです。お客様からの声をたらいまわしせずにスムーズに対応し、さらに商品開発にまで結び付けられるような情報システムを構築することが、次なる目標のひとつです。

日本ヒューレット・パッカードでは、見たい映画や番組が見たい時に見られる新しい放送・通信システム。高度な医療・教育情報をどこにいても入手できる遠隔システム、またビジネス環境を一変させる電子商取引といった情報化社会の実現に欠かせない情報サービスに、HPの「計測、コンピュータ、通信」の技術を活かして、お客様に提供していきます。私たちの暮らしや社会に役立つ、素敵な技術を創造することで、来たる21世紀の「エレクトロニック・ワールド」に向けた新たなビジネス環境の創出に積極的に取り組んで参りたいと思っています。

日本ヒューレット・パッカード株式会社 代表取締役社長
ヒューレット・パッカード社 副社長
甲谷勝人

■日本ヒューレット・パッカード株式会社 会社概要
設  立 1963年(昭和38年)
資 本 金 74億4千万円
代 表 者 代表取締役社長甲谷勝人(こうたに・かつと)
従業員数 約4,600名(1998年4月現在)
売 上 高 2,750億円(1997年10月期)
事業内容 コンピュータシステムおよび周辺機器、
電子応用測定器、医用電子機器、電子部品等の開発・
製造・輸出入・販売・リース・レンタルおよびサポート
所 在 地 本社/168-8585東京都杉並区高井戸東3-29-21
事業所/八王子、神戸、溝の口、府中
営業サポート拠点/国内約40カ所