「一般家庭に普及するITとそれを支える産学協同への期待」

ソニー株式会社 上席常務IT研究所長/ 所 眞理雄
鶴保征城
 /NTTソフトウェア株式会社 代表取締役社長

●デジタルが与えるAVヘのインパクト
●Javaの持つ可能性
●急成長するインターネット
●産学協同によるソフトウェア開発
●生活インフラとしてのIT


デジタルが与えるAVヘのインパクト
鶴保●最近ではミニディスク(MD)やデジタルカメラをはじめ、アナログが主流であったオーディオビジュアル(AV)機器もデジタル化の方向へ向かっています。それに伴いAV分野で世界的に有名な御社でも事業ドメインが情報技術(IT)分野へと拡大してきているように感じますが、ソニーの考えるデジタルとはどのようなものなのでしょうか。

所■ソニーではデジタルとITを区別して使っています。ソニーが言うデジタルとは、主として音声や画像のアナログ信号をデジタル信号に変換して処理を行うデジタルシグナルプロセッサ(DSP)を指しています。DSPの普及により、オーディオがデジタルになり、ソフト処理が可能になります。これに対してITはネットワークに接続可能な、より汎用性の高い機器を言います。ソニーはAV/ITカンパニーを目指しています。AV機器も汎用インタフェースにシフトしてくると思います。

鶴保●具体的に汎用インタフェースとしてのAV機器はどのようなものがありますか。

所■例えばソニーが関係している仕事でスカイパーフェクTVがありますが、テレビに接続するセットトップボックス(STB)には、マイクロプロセッサやレイヤ化されたソフトウェアが内蔵されています。STBはまさにコンピュータでありネットワーク機器ということができます。

鶴保●所さんがCSLで研究をされていたオペレーティング・システム(OS)はSTBの中に組み込まれていくのでしょうか。

所■計画では組み込まれていく予定です。CSLで、もともとモバイルや広域分散用のOSを開発していたのですが、最終的にはアペリオスというOSになりました。実際にソニーのハイエンドなコンシューマ機器に組み込みたいと思っています。

鶴保●いわゆるエンベッデッド・リアルタイムOSですね。

所■そうです。他のOSに比べて有利なのは、ダウンローダビリティが良く、OSの中までオブジェクト指向の考えでつくられている点です。小さなカーネルの部分だけは取れないけれども他の部分は別のものに置き換えていっても動くという、ダウンロード技術が大変に良いのです。

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Javaの持つ可能性
鶴保●OSと一般家電の関係では、サンマイクロシステムズが積極的に組み込み型の
Javaに取り組んでいます。例えば、冷蔵庫の中のJavaなどを目指し、そのための切り札としてJavaチップを開発しています。所さんはJavaについてはどう評価されていますか。

所■Javaを初めて見たときは、やはりすごいな、と思いました。第1点は、基本的な思想はスモールトークにかなり近いにもかかわらず、C言語という現実的に一番使われているものを取り込んでいるところが素晴らしい。しかもCやC++言語の面倒なところや複雑なところが全部切り取ってあり、これならいろいろな意味で使えるな、と思っています。第2点は、いまだと誰でも当たり前だと言うのでしょうが、URLを扱う標準ライブラリを持っていてURLが示している情報を簡単に取り込めるようになっていることです。そして、アプレットの概念です。これはやはり強いな、と思います。
この意味で、ユーザレベルの言語として大変期待できると思います。Javaは既にずいぶん使われていますし、これからも発展するのではないかと思います。

鶴保●所さんの研究されているエージェントの世界はもっと広いのでしょうか。

所■そうですね。もっと広いです。Javaに関して、今後問題になってくるのは、バーチャルマシン(VM)とネイティブマシンとの関係で、これをどこまで割り切りができるかいうことです。現実問題としてJavaはコンシューマ用の組み込み型で展開していくでしょうから、その時にJavaをプログラミング言語と考えるのか、実行システムと考えるのかで、全然違います。インタプリタに関してはダイナミックなインタプリテーションをしなければいけないのか、コンパイルアウトしてもいいのか、あるいはジャスト・イン・タイムならいいのかは、応用によって違います。割り切りをしっかりやって、しかもそれを時代とともにうまく合わせていければ素晴らしいものになると思います。

鶴保●先ほどの冷蔵庫の中のJavaのように、組み込み型が検討されていますが、Javaのファームウェア化の方向としてはどうなのでしょうか。

所■はっきり言って分かりません。20年ほど前になりますが、高級言語マシンと言われるものをチップでつくろうという動きがありました。その現場を私も見ていたのですが、これは残念ながらRISCに負けました。
たとえば、プロセッサはひとつにしたほうがいいのか、あるいはマルチプロセッサのほうがいいのかなど、いろいろなレベルの話がありますが、基本的な言語構造はスタックマシンであるということが最後まで残ってくると思います。スモールトークに関しても、多くの企業がスモールトークマシンの実現に努力しましたが、残念ながらうまくいきませんでした。しかし、コンパイラがやっていますから、マシン自体はスタックマシンである必要はないのかもしれません。これが今後Javaチップが成功するか失敗するか、ひとつのポイントになってくるのではないかと思います。

鶴保●通信のデジタル化でいえば、PCMは発明されたころ部品技術がネックになって、実用になるのに25年くらいかかりました。Javaがこの先どのようなインパクトを与えるか予想は難しいのですが、18ヶ月で価格性能比が2倍になるという半導体技術の進歩がまだ飽和していないことを考慮すると、Javaの発展の可能性が大いにありそうです。ハードウェアはモジュール化技術が進んでいますが、今後ソフトウェアもモジュール化を進める必要があります。Javaはその面でも有利で、さきほどのOSを組み合わせた形での展開も期待しています。

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急成長するインターネット
鶴保●次に、インターネットについてご意見をお聞きしたいと思います。インターネットは急速に接続ホスト数が増え、「1996年末でインターネットは崩壊する」といわれていましたが、プロバイダ間の回線容量も増え、まだまだ成長しています。当社もインターネット関連の技術や製品を用意していますが、ビジネス面では試行錯誤の状態が続いているように思います。インターネットの伸びはこれからも続いていくのでしょうか。

所■私はまだまだ伸びると思います。いま成長が一段落着いている理由は使いにくいから、もしくはつながらないからであり、つなぎっぱなしの文化までいっていないからです。電話では、電源を入れて使うという感覚はありませんが、コンピュータやテレビは使うときに電源を入れるという感覚がまだあります。コンピュータやインターネットもつなぎっぱなしになると、違った使い方が出てくると思います。

鶴保●インターネットの中でも急成長する可能性のある分野はどれだとお考えですか。

所■これから期待できる分野がふたつります。ひとつはエレクトロニックコマース(EC)の分野で、その理由はインターネットがロングレンジでECにつながっているからです。日本ではクレジットカードよりも現金を使う文化が根強いのですが、キャッシュやクレジットカードを使わなくても、家庭から商取引ができるという重要性が大きいと思います。

鶴保●ホームバンキングはどんどん家庭にも入ってきていますね。

所■必ずしもインターネットだけではなく、パソコン通信や、電話のプッシュホン、ファックスなど、自宅から銀行取引できる手段がいくつも用意されているのは、生活者にとって非常に便利なことです。
もうひとつ急成長する可能性のあることとして、動画がリアルタイムで扱えるようになるだろうということがあります。これまでテキストから静止画、音声へと扱える表現が広がってきたのですが、動画はほとんど不可能だったわけです。それが、インターネットにビデオをつなげて、家で撮ったものを友達の家のテレビにすぐに移すことが充分可能になるでしょう。
今、インターネットにつながっている家庭では、速くて64Kbpsか128Kですが、これが1.5Mになれば、なんとか動画を見ることが出来ます。さらに桁がもうひとつ上がれば、かなりきれいな動画を描写できます。

鶴保●情報インフラの話になると、アメリカではCATVが張り巡らされていることが大きいですね。CATVもどんどんデジタルにかわっています。日本はまだまだ遅れていますね。

所■私は逆転の発想が必要だと思っています。米国では電話があるときにケーブルを引いてビジネスにしたのです。ケーブルの基本料は月20ドルぐらいですから、20ドルを取ってくるビジネスを考えたら、今からでも引けるのです。今は光ファイバーを引いてもケーブルを引いても同じ値段ですから、もうやるかやらないかのディシジョン・メーキングだけだと思います。

鶴保●長い目で見ないといけませんが、ビジネス的に成立するところからやればいいということですね。

所■そうだと思います。全国、津々浦々までの完成時間から逆算してビジネスモデルを検討するという従来のやりかたをこれからもとれるかどうか疑問です。その間に外国企業が参入してきて、一番おいしいところをとっていってしまうかもしれません。

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産学協同によるソフトウェア開発
鶴保●所さんがCSLで研究をされていたOS、これから家電製品に組み込まれるであろうJava、そしてECをはじめとしたインターネットと、所さんがおっしゃるように、ITが一般家庭に広く応用されつつある動きが顕著になってきています。
その理由のひとつとして、大学と企業の橋渡し、つまり産学共同型の取り組みが日本で一般的になってきたからと考えられるのですが、所さんは慶應義塾大学の教授としてITの領域で活躍されていました。弊社でも今年の4月に早稲田大学教授の後藤滋樹先生を大学教授との兼務の形でインターネット技術センター長として迎え入れました。これからソフトウェア業界だけに限らず、様々な領域で産学共同が増えていくと思いますが、所さんはどうお考えでしょうか。

所■国立大学を含めて大学の先生が産業界との兼業が可能になったことは、日本の大学の発展と活性化にとって大きな前進だと思います。
企業も余裕があったときは、お付き合いという意味で大学の先生方と交流はあり得ましたが、経済的に厳しい状態に立たされている現在、ビジネスとして協力していくことに価値を見いだしているように感じます。そうすると、企業がビジネスを進めるうえで、この先生にここをお願いしたいということになってきます。大学でも競争原理が導入されつつあるということで、先生方を評価するある種の仕組みが出来ていくものと思われます。エンジニアリングの世界で社会に密接につながっていくような分野は大変に重要だと思います。

鶴保●以前マイクロソフトの古川会長と対談させていただいたとき*、次のようなご指摘をいただきました。マイクロソフトに優秀な研究者が集まる理由として、それは給料のためではなくて、マイクロソフトで研究すると製品が一般市場に流通される可能性が高いからである。つまり、研究者としての一番重要な価値は自ら開発した製品が社会に受け入れられることで、それが非常に健康的なのだ、ということです。それに対して日本の科学者や研究者の場合、一般市場で使ってもらうことに対する価値観が低く、これは非常に不健康なことだという表現をされていました。このような価値観が日本の研究者も少しずつ変わりつつあるということですか。
SO―第4号社長対談参照

所■そうですね。ご指摘のような傾向があるようです。そのためにも、大学の先生の産業界との兼業が今後の変化のための大きなきっかけになる、と私は思います。もうひとつ、コンピュータや情報系に関する技術が成熟してきたのではないでしょうか。技術が成熟してくるにつれ、大学での研究と企業での開発の差が縮まってきます。
基礎研究の重要性は今まで通り、あるいは今まで以上にありますが、有効な分野は減ってきていて、多くの研究が実際に使ってもらうべきところに向かっているのではないかと思います。

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生活インフラとしてのIT
鶴保●最後に、所さんが考える21世紀のIT像とは何かをお聞かせ下さい。

所■ITはもっとエンドユーザ、暮らしに密着したものでなければならないと思います。これまでコンピュータは、最初は軍事や科学技術計算で利用され、さらに大学、オフィス、工場に入ってきました。そして一番最後まで普及しなかったのは家庭だと思います。いやそんなことはない、家庭にはパソコンがあるじゃないかと言われる方もいらっしゃると思いますが、あれはオフィスにあるコンピュータを家に持ってきただけなのです。持っていくのに重いから薄くしたというレベルです。結局、機能的にも使い方からしても、オフィスで使っているものを家庭に持ってきたにすぎないのです。だから個人が個人の目的のためにITを使うという状況にはまだ到達していないと思います。
これから21世紀、もしくは2010年ぐらいに向けて何をしなければならいのかということ考えると、パーソナルユースに本当に適した情報機器とはどのようなものであるのかということを突き詰めることだと思います。ここで言う機器は、インフラやトータルシステム、サービスなど分け隔てて考えられるものではありません。全体がかかわってくるだろうと思います。ここだけやっておけば良いということではありません。これはちょっと頭の痛い問題でもあるのですが、ひとつの技術がいろいろなところに関係してくるわけです。そして最終的にはトータルサービスとしてのITが位置づけられるのでないかと思います。

鶴保●社会生活のインフラとして、通信すなわち交換機や伝送システムにも巨大なソストウェアが使われています。本来ソフトウェアの本質はリピータビリティが良いことですが、システム更改時機能要求の変化などにより、その都度作り直しをやっているのが現実です。ソフトウェア開発方法の進歩により、機能のモジュール化、部品化が進み、システム構築がそれらのコンポーネントの組み合わせでできるようになることが望ましいわけです。ソフトウェア企業の一員として当社もITを活用して、そのようなソフトウェア開発方法の実現に向けて努力し、社会のインフラ整備に貢献していきたいと思います。

──本日はどうもありがとうございました。

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