ECについて語るとき、それがあたかも仮想世界(VirtualWorld,CyberSpace)の話であり、現実世界(RealWorld)とは遊離したまったく新規なものであるが如くに扱われることが少なくない。そうではなく「ECは現実世界における仕組みであり、現在の生活の延長上に存在する」ことを強く訴えかけていく必要がある。「誤解」の原因の1つは、「Virtual=仮想」との翻訳にある。“Virtual”とは、「限りなく現実に近い、実質上本物として機能する」ことを意味する。一方、「仮想」は文字通り「仮の、想像上の」を意味する。したがって、この翻訳は正確ではなく、その為の誤解は少なくない。 そもそも「お金」とは人間の知的生産物であり当初は想像により創られたものであった。しかし、今や「紙幣」の価値は現実世界の社会制度によって維持されている。「お金」が現実世界のものであるとすれば、それによる決裁を前提とするクレジットカードやデビットカードも現実世界のものである。同様に「EC」もこの延長線上にあり現実世界のものに他ならない。 「誤解」のもう1つの原因は、ECを単に情報処理上の「技術的課題」ととらえることにある。「技術の進歩の延長線上の夢のシステムとしてECがある」とのとらえ方がある。これは、大変な誤解である。ECでの情報処理は、科学技術計算上の数式処理と大きく異なる。社会基盤(ソーシャルインフラストラクチャ)の中に埋め込まれた「システム技術」なのである。逆の言い方をすれば、社会基盤の質と効率を向上させるための道具だてとしてECは位置づけられる。したがって、ECを情報処理技術だけの観点からとらえることは出来ず社会制度を含めた「社会システム」の中でとらえなくてはならない。 ECは身近な日常生活の中に組み込まれようとしている。携帯電話、カーナビ、STB(SetTopBox)を中心として情報家電機器等の多様な情報クライアント端末が普及してくる。そして、これらクライアント端末のむこう側には様々なネットワークサービスが用意される。クライアント端末とネットワークサービスは、自由に、動的に結合され、「ネットワークサービス化社会」が構築される。そこにおいて、ECは基幹的な役割を荷うことになる。
このように考えると、私達「情報産業」にかかわる者こそECを現実世界の中でとらえなくてはならない。現実社会の課題を的確に把握し、それを解決する手段としてのECを提案し、構築し、運用していかなくてはならない。 |
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株式会社日立製作所 システム開発研究所長 片岡雅憲 |