教授 :伊丹 敬之氏100年に1度と言われる未曾有の世界的景気後退。試練の時期とも呼べる今、企業や経営者は何を考え、どう歩んでいくべきなのだろうか。経営論で多くの著書がある伊丹氏は、これからこそ、日本にとって大きなチャンスであり、今はその仕込みの時期だと明言する。そこで今回は、伊丹氏から伺った起死回生のためのヒントと方法を紹介する。
(※この取材は2009年2月2日に行われたものです。記事はその当時の経済状況を反映したものです。)
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| 伊丹 敬之
Hiroyuki Itami 東京理科大学総合科学技術経営研究科教授。1969年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。1972年カーネギーメロン大学経営大学院博士課程修了・Ph.D。翌年、一橋大学商学部専任講師となり、1977年に同大学助教授、1985年教授に。この間スタンフォード大学客員准教授等を務める。1994年から2年間一橋大学商学部長を務め、2000年同大学大学院商学研究科教授を経て現職に。IT 戦略本部、バイオテクノロジー戦略会議など政府関係委員を多数歴任。2005年4月には紫綬褒章を受章。主な著書に『経営学入門』(共著、日本経済新聞社)、『経営戦略の論理』(日本経済新聞社)、『よき経営者の姿』(日本経済新聞出版社)などがある。 |
昨年の世界同時金融危機を端緒に、世界経済は悪化の一途をたどり、景気状況はさらに厳しくなるという予測もあります。しかし、経営者の態度としては、少なくとも楽観的であるべきです。よく「遠くを見通す高い視線と足元を見つめる厳しい視線」の2つの視線が必要だと言いますが、今はまさにその時なのです。
経営者は自分が属する産業や日本全体を考えながら、さらに世界地図を広げ、半世紀の歴史を振り返るくらいの視野を持って現在の状況を考えるべきです。下ばかりを向いていては経営者も暗くなるばかりであり、そんなリーダーに率いられる従業員は元気なんて出せるはずがありません。今、経営者に必要なのは、浮ついた言葉ではなく信じられる形でどうビジョンや見通しを示せるか、です。
フランスのモラリストであるアラン(*1)は、「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意思に属する」と言いましたが、この言葉を噛みしめるべきでしょう。確かに厳しい状況下にある企業もありますが、日本企業にはいろいろなことができるだけの可能性も潜在能力もあるはずです。それをしっかり見つめて欲しいですね。
最近、人員削減問題が大きく取り上げられていますが、これだけ大きな景気の落ち込みがあれば避けられない課題だと思います。船が沈没するほどの嵐に遭遇すれば、船長は積荷を海に投げたり乗客に船から降りてもらうように指示せざるを得ません。それだけ厳しい決断を今、経営者は迫られているのです。誰も喜んで決断している訳ではない。雇用削減の対象となってしまう人々にどれだけ辛い思いをさせないかを考えるのが本筋であって、すべてを維持し続けた結果として船が沈没してしまうことは避けるべきです
ワークシェアリングが注目されていますが、最も有効的な方法は賃金を下げることです。日本全体の人件費は約300兆円と言われていますが、もし10%をカットできれば30兆円になります。利益を出すためではなく、会社を維持するためには必要なことでしょう。事実、かなりの企業が賃金カットを始めています。ただ、賃金を下げる場合、住宅ローンが重くのしかかる世代は軽くするなど、従業員の事情への配慮は必要です。
「人本主義」の伊丹の意見だと思えないと言われそうですが、人本主義というのは安定的な人と人とのネットワークが最も経済合理性が高いと指摘したもので、やみくもに人を大切にせよと言っているのではありません。すぐ辞めたり転職する人ばかりでは当然非効率であり、安定的な雇用こそが効率性が高いのです。しかし、激しい景気悪化時には、長期的な安定を視野に入れた上での人員削減や賃金カットもやむを得ないということになるでしょう。企業の本質は、金の塊でもあるが、人の塊でもある。どちらを重んじるべきかと言えば答えは、まず人であり、第二に金があるというのが人本主義です。
また企業間取引も、今までのように価格の安さのみで仕入れ先を選定していると、景気悪化で経済環境が変わったとき、仕入れ先から反対に冷遇される危険性もあります。ここでも人間関係を信頼して長期的な貸し借りの取引を行う日本的経営は、じつは今の状況では逆に経済効率性が高いといえるかもしれません。