情報誌・コラム|Publish・Column

ICTの潮流 / no.6
内部統制
 
2009年7月

NEW THINKING: 「勝ち残るリーダーの資質と行動」 -リーダー自らが参加すれば、業績もコンプライアンスも強化できる -

作家 :江上 剛 氏 (※この取材は2009年5月13日に行われたものです。記事はその当時の経済状況を反映したものです。)

NEW THINKING

コンプライアンス徹底の鍵は企業理念

企業は利益を上げるための存在ですが、その企業活動を行うことができるのは、ある意味で社会から「許可」を受けているからだと言えます。その許可を与えているのは、消費者はもちろん、調達先である業者、営業基盤がある地域に住む人々など、すべてのステークホルダーです。しかし万一、企業がそのステークホルダーを裏切るような行為に及んだとすれば、たちまち信頼は失墜し、その許可もいわば剥奪されることになるでしょう。それを経営者が理解し、従業員すべてに浸透させられるかが、コンプライアンスの取り組みにおいてまず基本となることです。

2007年7月に発生した中越沖地震で、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所が被災しました。その際、発電所の全号機が自動停止したことについて、リスク管理の観点からIAEA(国際原子力機関)は高く評価しています。地震国である日本の原子力発電所の技術の高さが実証されたからです。被災後の広報活動は、世界の技術者から見れば十分すぎるほど丁寧なものでした。なぜなら、復旧に向けた細かな作業内容をはじめとして、国際原子力事象評価尺度(INES)における評価対象外だった事象までも詳細に発表しているからです。

それでも東京電力の清水社長はさらに、どんなに些細な情報でもすべて開示し、問題があればすぐに謝罪会見を行うなど、徹底して説明責任を果たそうと努めています。原子力というナイーブな問題に対して、企業の経営者として地域住民や国民に対する責任を真摯に果たそうとする姿には感銘を受けました。

作家 :江上 剛 氏

また、2005年に発生したFF式石油暖房機事故で事故機種の緊急回収をすぐに開始したパナソニックの対応も、大変立派なものだったと言えます。なお、その昔、松下幸之助氏の時代にも暖房機でやはり事故があったそうです。その時、松下幸之助氏は「国民が幸せになるための製品なのに、こんな不幸が起こってしまうようなことはあってはならない!」と叫んだそうです。

松下幸之助氏は「企業は社会の公器」を不変の企業理念として企業の社会的責任を説いてきましたが、その心は今もパナソニックにDNAとして確実に受け継がれているのでしょう。パナソニックは現在でも毎年CSRレポートにFF式石油暖房機事故の進捗状況報告を掲載し、最後の1台まで見つけ出す覚悟で事故機種の探索活動を行っています。

企業の社会的責任やコンプライアンスという言葉は、単なるお題目ではありません。すべてのステークホルダーから信頼され、支持される企業になるには、社内全体に企業理念が確実に浸透しているかどうかにかかっているのです。

つい先日、イトーヨーカ堂の中国内陸部での成功を取り上げた報道番組がありました。この中国進出は、小売企業の海外進出という視点から、フランスのカルフールとの比較でも話題になりました。僕の印象としては、外資が一気に資本投入して進出するのに対して、イトーヨーカ堂は出店予定の地域との交流をまず重んじるなど、非常に丁寧なアプローチで臨んでいると思います。それに加え、イトーヨーカ堂は地元の納入業者を大切にする姿勢を貫いているので、地元でもイトーヨーカ堂と組んでいれば安心だという声をよく聞くそうです。この信頼感が中国内陸部での成功に結びついたのではないでしょうか。

もうひとつ、ホンダのエピソードも紹介しましょう。ホンダがインドに進出したとき、まず手がけたことは井戸掘りだったそうです。インドでは衛生的な飲料水が手に入りにくい地域も多く、遠くまで水汲みに行っていた子どもたちにとても喜ばれたそうです。また、井戸掘りが始まると、ちょっとした手作業が発生するので、その作業所をつくって近隣の奥さんたちにアルバイトをしてもらいます。続いてホンダは、その地域に学校も建設したそうです。こうして地域に受け入れられた後にオートバイ工場を建設するので、生産は順調に進みます。その後、オートバイがインド市場で歓迎されたのを確認してから自動車工場も進出させたそうです。

これに対して欧米企業は、インド市場で自動車販売が期待できるとなると、資金をいきなり注入して工場建築を始めるケースがほとんどです。このたびのように世界同時不況となった際に、そうした欧米企業と比較してホンダに対する地元の信頼は揺るがなかったのは、企業姿勢が大きく影響しているのではないでしょうか。

ホンダの創業者だった本田宗一郎氏は常々「ホンダのオートバイや自動車に乗った人に幸せになって欲しい」と願っていたといいます。進出に関する発想についても、その根本が「ただ単に工場を建設して自動車が売れればいい」といったようなものではないのです。

前述のイトーヨーカ堂もそうですが、地元での揺るぎない信頼や競争優位は、企業理念から滲み出てくる姿勢や態度から生まれてきます。今でこそ「CSR経営」という言葉が一般的になりましたが、その昔から日本企業では、お客様だけでなく納入業者なども含めて、企業活動に関連するすべて人を大切にする経営を行ってきました。そうした心ある経営が、いまこそ大切になってきているのかもしれません。